シルバーフェリーでホテル代わりとしてのフェリーという使い方を覚えた私は、同様に使えるフェリーを探す中で、たまたまYouTubeでオレンジフェリーの存在を知る。22時発、翌朝6時着は睡眠をとるのにちょうどいい。さらに、船内には20時から翌朝8時まで滞在可能で、観光で利用する旅行者にも使いやすいようにという配慮を感じる。
青春18きっぷで大阪まで行き、オレンジフェリーで寝ながら四国へ移動することを目論む。直前に予約しようとしたところ、すでにWebでの予約の締め切りは過ぎていたので、三島駅で列車を待つ間に電話で大阪南港フェリーターミナルの窓口に電話する。夕方、大阪南港フェリーターミナルに着くのがやはり早すぎて、ローソンに行ったりターミナルの建物の外観を撮影したりと、周辺をウロウロして時間をつぶす。乗船開始の20時が来てすぐ「おれんじ えひめ」に乗り込み、まずレストランに入るが、このレストランがなかなかハイクオリティだった(ほかのフェリーのレストランを経験すると、強くそう感じるようになる)。夕食に選んだのは宇和島鯛めし。ブランド真鯛を刺身の状態でご飯の上に乗せ、だし汁と一緒にいただく。低価格なメニューが豊富にあるから、他と比べて高めな鯛めしを選ぶのは少々ためらわれつつも、LINE Payが使えるからいいか(学生なので三井住友カードからポイントを多めにもらえる)という理由で選んでみたが、鯛めしは満足度が高く大正解。また乗船する機会があれば予約が必要なビーフシチューも食べてみたい。
食事を済ませて、改めて豪勢な船内を見て廻る。ロビーの吹き抜けは3フロアに及び、その壁につけられたステンドグラス調の装飾はカーペット敷きの床とよくマッチする。やはりカーペットで敷き詰められた長い廊下に並ぶドアの先がすべて個室である点は、時代を反映しているのだろうか。
出航2時間前から乗船できるので出航までに食事も入浴も、旅行中に無秩序になったカバンの中の整理も済ませられる。出航時間に合わせて展望デッキに上がり、しばらく赤と緑に光る航路標識や並走する船を眺める。時間に余裕がある船旅も優雅でいいものだ。室内に戻りもう少し、6階(3フロアある客室甲板のうち一番上)のラウンジで、海遊館の観覧車のライトアップを見ながら炭酸水を飲み、気が済むまでくつろぐ。
翌朝は今治までのバスに乗るため、6時の東予港着のタイミングで下船。ところで、鉄道はきわめて時刻に正確だけど、バスや航空便は到着時刻が前後するものだし、フェリーに乗り始める前はフェリーもそうだろうと思い込んでいたから、いつも時刻表通りに到着するのは思いがけないことで感銘を受けた。
オレンジフェリーで四国についてから、予讃線・宇和島運輸フェリー・日豊線で移動すると、北九州に到着するのは遅い時間になる。新門司から阪神までの航路で使えるのが名門大洋フェリーの遅い便一択だったので、これに乗船することにする。フェリーターミナルや船内に華やかさはないが、乗船名簿を書くことなく、スマホのQRコードを見せてスムーズに乗船できる。なにより、当日でもインターネットで予約できるし、Web予約による割引もあり安価に移動することができる。
船内レストランはバイキング形式で、揚げ物、カレーなど種類が豊富だが、なんというか、おなかが満たせれば十分という雰囲気を感じる……。安いのはいいんだけど。大多数を占める、「運送業に従事し日常的に利用している」という人には十分だろう。プロムナードの設備を見ても簡素。船内の各所から必要十分という感じが伝わってくる。
2便は朝の時間に余裕があるので、無理なく明石海峡大橋の通過を見ることができる。オレンジフェリーにも言えることだが、瀬戸内海を航行するフェリーは揺れが全然ないので安心して乗船できる。名門大洋フェリーに乗船して、フェリーの利用者はエンターテインメント性を求める旅行者よりも運送業の顧客の日常利用によって支えられているのかなと感じた。非日常感は少ないが、独自のルールのようなものがないので、普段鉄道を利用するような感じでストレスなく利用できるとは思う。
当初は東京九州フェリーの予定であったが、九州・西日本方面に台風が接近。急遽北海道方面に変更し、新日本海フェリーに乗船することを決めたのは確か前日の夜であったと思う。新潟発小樽行の「らべんだあ」が出航する12時に間に合うには新潟駅に10時台に着く必要があったので、朝家を出て上越新幹線で新潟駅に急行するが、やはり時間に余裕がないのですぐバスに乗り込み、フェリーターミナルへ向かう。さすがに12時発は無理があった。
レストランは昼食営業からあるので、まずは昼食。タブレット端末で注文するオーダー形式。新潟発小樽行でのレストラン営業は昼と夜の2回ある。昼は豚丼、夜はビーフシチューをいただく。一見割高に思えるが、味も伴っているし、何より会計にクレジットカードが使える。紙ナプキンにまでShin Nihonkaiと書く力の入れようには感心する。ちなみに食器にも手を抜いていないようで、ビーフシチューの食器は日本の洋食器メーカーであるニッコーのインプレッションズシリーズ「25.5cmスクエアディーププレート」のようですね。たまにクルーズ客船「ぱしふぃっくびいなす」のおさがりの食器が混ざっているとか。
この船には露天風呂があるらしいことを知って入るが、風が吹き込むし、何より寒い(この乗船の時にはサウナの存在に気づいていない)。内湯のジャグジーバスに落ち着いた。
正午の出航だとずっと寝て過ごすわけにはいかないので、様々暇つぶしをする。とはいっても、食事したり入浴したり、売店で買い物をしていたりすると意外と時間が過ぎていく。モバイル回線は陸が見えるところなら陸側に移動すれば繋がるが、佐渡島、粟島、男鹿半島、奥尻、積丹くらいで、ほとんど繋がらない。船内を見て廻ると、オレンジフェリーを思い出すような大きな吹き抜けを持つ、カーペット敷きの広い船内である。フォワードサロンでは静かに読書などができる。コース料理が出てくるお高い食事処「グリル」の前には提灯が吊ってある。
展望デッキから周りを見渡しても、たまに陸が見えるだけでずっと日本海が続くが、凹凸をもった海面がただ後ろに流れていくのを眼で追う。船が波をまき散らしていないからか、航跡が控えめに感じた。この日は天気が良く、夕陽の時には船外に出てきた人も多かった。翌朝の小樽到着前も、街の明かりが海面に反射している傍ら、東側の空が薄明るくなっていく様子は今でも記憶に残っている。
日が昇るのは船を降りて、駅に向けて歩き始めたころだった。ちょうどかつない臨海公園から朝日に照らされた「らべんだあ」の姿が望めた。南小樽駅にみどりの窓口(駅改札の窓口が兼任)が開く直前に到着し、円滑に乗車券を購入し鉄道に乗り換えることができた。
のちに別の会社(省略)のフェリーでバイキング形式のレストランをいくつか利用するが、利用したバイキング形式のレストランは正直、どれも私の好みに合わなかった。個人の感想だが、バイキング形式のレストランよりオーダー形式・アラカルト形式(SHKライングループ、オレンジフェリー)のほうが満足度が高い。
関東在住だから夜に敦賀に着いても無駄に1泊することになる(夜行バスをあてにすると敦賀着が遅れた時に悲惨)のに、よくそれでも利用する気になったなと、今でも不思議に思う。この時は行きは商船三井フェリーを利用し、北海道滞在時間9時間の間に白老を訪問、帰りに「すずらん」を利用する。
南千歳駅から有料の連絡バスに乗り込み、フェリーターミナルに向かう。南千歳からフェリーターミナルが結構離れていて、所要時間が45分という、短距離の高速バスくらいの長時間路線。中学の修学旅行が北海道で、バスガイドさんが「北海道では、『近くに行く』は車で30分、『ちょっと行く』は1時間を意味します」と言って笑いをとっていたのを思い出す。
「すずらん」乗船時に通ったボーディングブリッジは、この時はまだ壊れていなかった。新日本海フェリーには一度乗っているから、船内の豪華さについて驚くようなこともない。乗船直後、夜食営業するカフェで小腹を満たし、夜も遅いのですぐ入浴を済ませて就寝する。
翌朝、レストランで朝ご飯を食べる。今回の航路は約1000km、21時間と長いのでレストランの営業も朝、昼、夜の3回ある。1000kmというと竹芝・小笠原父島間に相当し、おがさわら丸はその航路に25時間を要する。新日本海・東京九州フェリーはその距離を20~21時間で航行するのだから速さがよくわかる。21時間で航行できると、3時間の折り返し時間と合わせて24時間。2点間を48時間で往復できるので、2隻だけで毎日運行のサイクルを回せるという点で、効率的な運用が可能になる。今回乗船の「すずらん」と、そのセット(姉妹船)の「すいせん」で苫小牧東・敦賀間を運行する。航行中、天候が良ければこの2隻は近くを行き違うよう配慮され、乗船中のイベントの一つになる。10時頃、案内のアナウンスがかかり展望デッキに人が集まる。
乗船時間が長いので、だんだんと船内での生活に慣れてきて、新日本海フェリーに前回乗った時に気づかなかった設備にも気づく。フォワードサロンは前の方にあるから揺れが大きいが、静かで落ち着いた空間。プロムナードのソファーも本を読むなどしながら落ち着くのに適している(エンジンのノイズも心を落ち着ける要因だと思う)。そして何よりサウナがあることに気づいたのはQuality of Lifeを大きく向上させた。サウナで身体を温めてから入ることで、吹き込む風が寒くかった露天風呂も、風がむしろ心地よく感じられるようになり、何度もサウナと露天風呂を往復。昼過ぎに入ると人が全然いない。サウナと露天風呂を占領する贅沢を覚えてしまった。
乗船当時は北海道味覚フェアというものの期間中で、レストランで期間限定メニューが提供されていた。昼食に食べたかぼちゃのプリンと、夕食のコーンブリュレ(写真なし)は通年提供にしてほしいくらい……。
夜、敦賀港に入港。名残惜しさを感じながら夜の敦賀の街に降りたった。露天風呂とサウナの往復は、のちに新日本海フェリーに再度乗船する動機にもなったし、最初はすることがなくてつまらないと思っていたような「余裕のある乗船時間」に心地よさを感じるようになり、それを求めて長時間の航路にも積極的に手を出すようになった。
おわり